子育て中、自分の時間がない|「落ち着いたら」はなかなか来ないと気づいた話

「今がいちばん大変な時期だよ」
「もう少し大きくなったら、楽になるから」
子どもたちが小さい頃、先輩ママたちから何度もそう言われました。
私も、その言葉を信じていました。
今はまだ手がかかるけれど、保育園に入ったら。小学生になったら。送迎が減ったら。
いつか子育てが落ち着いて、自分のことを考えられる時期が来ると思っていたんです。
でも、「もうすぐ落ち着くよ」と言われながら、もはや約20年。
上の子は大人になりましたが、末っ子はまだ小学生です。わが家の子育ては、今も続いています。
Wamii「もうすぐ落ち着くよ」って言われて、もはや20年。

“もうすぐ”が長いねぇ。
もちろん、この20年間ずっと同じように大変だったわけではありません。
子どもが成長して、楽になったこともたくさんあります。
それでも、家族全員の予定や心配事がなくなり、何も気にせず自分のことだけを考えられる時期は、なかなかやってきませんでした。
この記事は、5分や10分の自分時間を作る方法を紹介するものではありません。
「子育てが落ち着いたら自分のことをしよう」と思っていた私が、約20年経って気づいたことを書いています。
「落ち着く」は、何度も先に延びていった
赤ちゃんの頃は、夜泣きや食事、着替えなど、毎日の生活そのものに手がかかりました。
保育園へ通い始めると、送迎や体調不良への対応が増えます。
小学生になれば学校の予定や宿題があり、その先には習い事、部活、進路、人間関係など、また別の気がかりが出てきました。
わが家は4人の年齢が離れています。
上の子の身の回りのお世話が減った頃には、下の子がまだ小さかったり、別の子の学校や習い事の予定が増えたりしていました。
- ひとつの送迎が終わると、別の子の予定が始まる
- 身の回りのお世話が減ると、学校や進路の心配が増える
- 上の子の手が離れ始めても、下の子はまだ小さい
- 子どもの予定が少ない時期には、仕事や家の用事が重なる
子どもの成長や行事を、負担だったと言いたいわけではありません。
成長をうれしく感じることも、子どもたちと一緒に楽しんだこともたくさんあります。
ただ、「子どもが大きくなれば、自動的に自分の時間が増える」と思っていた私の想像とは、少し違っていました。
約20年の間には、震災もコロナ禍もあった
振り返ってみると、この約20年間は、家族の成長だけで予定が変わったわけではありませんでした。
子育てをしている間に、東日本大震災があり、コロナ禍もありました。
それまで当たり前だった生活が急に変わり、学校や仕事、家族の予定も、思っていた通りには進まなくなりました。
もちろん、震災やコロナ禍のようなことが何度も起こると思って暮らしているわけではありません。
けれど、大きな出来事に限らず、家族の体調や仕事、子どもの状況など、先のことは本当にわかりません。
私はこの約20年で、「今を我慢していれば、その先には必ず落ち着いた生活が待っている」とは思えなくなりました。
未来を悲観したいわけではありません。
ただ、何が起こるかわからない未来に期待して、自分のやりたいことや休む時間を、全部預けたくはないと思うようになったんです。
Wamii何が起こるかわからない未来に、全部預けたくないんだ。

じゃあ、今の分は今とっておこう。
「楽になること」と「何もなくなること」は違った
子どもが自分で着替えられるようになったり、一人で出かけられるようになったりすると、確かに楽になります。
抱っこする回数も減り、ずっとそばで見ていなくてもよくなる。小さい頃に比べれば、体力的な負担は少なくなりました。
だから、先輩ママたちが言ってくれた「もう少ししたら楽になるよ」という言葉が、間違っていたとは思いません。
実際、楽になった部分はたくさんあります。
ただ、私が想像していた「落ち着く」は、家族のことを何も気にしなくていい状態でした。
体力的なお世話が減っても、予定や心配事がすべてなくなるわけではありません。
大変さが消えるというより、子どもの成長とともに形を変えていった、という方が、私の実感には近いです。
自分の時間は「全部終わったあとの余り時間」ではなかった
以前の私は、家族の予定や家事を全部終わらせたあとに、残った時間を自分のために使おうとしていました。
けれど、家のことには、はっきりとした終わりがありません。
ひとつ片づけても、次にやることが見つかります。ようやく座れたと思ったら、連絡しなければならないことを思い出す日もあります。
全部終わるのを待っていたら、自分の時間はいつも最後でした。
Wamii全部終わるのを待ってたら、私の番が来なかった。

家のこと、終わらないもんね。
そこで少しずつ考えるようになったのが、自分の時間は誰かからもらうものでも、最後に余った時間でもなく、自分で作ったり守ったりするものなのかもしれない、ということです。
ただし、そう気づいたからといって、すぐに変えられたわけではありません。
子どもを誰かに任せても気になります。家にいれば、目についた家事を始めてしまいます。自分だけ休んでいるようで、落ち着かないこともありました。
長い間、自分のことを後回しにしてきたので、自分の時間を予定に入れることにも慣れていなかったんだと思います。
何かをする時間だけが「自分の時間」ではない
自分の時間というと、趣味や勉強など、何か意味のあることをしなければいけないように感じるかもしれません。
でも、今の私にとっては、何もしない時間も自分の時間です。
- 一人でコーヒーを飲む
- ブログを書いたり、あつ森をしたりする
- 誰にも話しかけられずに考え事をする
- 疲れている日は、そのまま休む
- 何をするか決めずに、ぼんやりする
5分や10分で満足しよう、という話ではありません。
まとまった時間が欲しい時もありますし、少し休んだくらいでは疲れが取れない日もあります。
ただ、自分のために使う時間を「なくても仕方がないもの」にしないことは、大切にしたいと思うようになりました。
時間を作れない日は、今もある
今でも、仕事や家のことだけで一日が終わる日はあります。
子どもの体調や予定によっては、自分のことを考える余裕がない時もあります。そんな日にまで、時間を作れない自分を責める必要はないと思っています。
時間が取れないのは、工夫や努力が足りないからとは限りません。
自分では動かせない予定が重なったり、休むだけで精いっぱいだったりする時期もあります。
だから私は、「毎日必ず自分の時間を作る」とは考えていません。
それよりも、少し余裕がある日にまで、反射的に家族や家事を優先して、自分の時間を全部手放さないようにしたいと思っています。
「いつか」ではなく、今の自分も暮らしの中に入れておく
子どもが小さい今も、成長したあとの今も、子育ての中にはそれぞれ違う忙しさがあります。
この先、もっと自分の時間が増える時期は来ると思います。
それでも、その時まで自分のことを全部後回しにするのではなく、今の暮らしの中にも自分を入れておきたい。
やりたいことを全部かなえる必要はありません。
家族を優先する日があってもいいし、自分のことまで手が回らない時期があってもいい。
ただ、「落ち着いたら自分の番」と思い続けていると、その“落ち着いたら”は、思っているより先になってしまうかもしれません。
未来の自分にすべてを任せるのではなく、今の自分のための時間も、今の暮らしの中に少しずつ置いておく。
私は約20年かかって、ようやくそう考えられるようになってきました。
自分の時間を作るために、私が実際にやめたことや、家族に任せられるようにしたことは、こちらの記事にまとめています。




