一緒にゲームをして笑った、あの頃のこと

こんにちは、Wamiiです。
今から7年ほど前、スプラトゥーン2を通じて仲良くなった友だちが何人かいました。
通話しながら一緒に遊んだり、誕生日をサプライズでお祝いしたり。
今はもう連絡を取っていませんが、あの頃一緒に遊んだ時間は、今でも大切な思い出です。
今日は、ずっと自分の中に残っていた、その頃のことを書いてみようと思います。
娘が生まれる前に始めたスプラトゥーン2
私がスプラトゥーン2を始めたのは、娘が生まれる前でした。
当時の息子達が遊んでいて、一緒にやろうと誘われて遊ぶうちに、息子よりハマってしまいました。
当時はまだTwitterと呼ばれていたSNSで、同じくスプラが好きなママたちとつながり、一緒に遊ぶ友だちが少しずつ増えていきました。
娘が生まれてからも交流は続いていて、DiscordやLINEで通話しながら遊ぶくらい仲良くなった人たちもいました。
誰かの誕生日には、みんなでこっそり準備をして、プライベートマッチでサプライズのお祝いをしたこともあります。
ほとんど毎日のように遊んでいた時期もあって、とにかく楽しかったです。
Wamii本当に楽しかったなー。毎日アドレナリン出まくってた。笑
余裕がない時は、何度かお休みしていた
出産や仕事などで余裕がなくなった時は、ゲームやSNSを何度かお休みしていました。
その頃は「ちょっとお休みするね」と伝えて、少し落ち着いたらまた戻る、ということができていたんです。
Wamiiこの頃は、ちゃんと「ちょっと休むね」って言えてたな。
戻ればまた一緒に遊べて、以前と同じように笑って過ごしていました。
だんだん、ゲームまでしんどくなった
その後、つながる人が増えて、少しずつグループが大きくなっていきました。
知らない人も増え、どうしても合わない人がいたり、グループごとにいろいろな出来事があったり。
私は後から話を聞くことも多く、「こんなことがあった」「あの人はこうだった」と耳にするうちに、だんだん疲れてしまいました。
Wamii誰がどうとか、もう聞きたくなくて。ゲームすらしたくなくなっちゃってました。
誰かひとりを嫌いになったわけではありません。
仲のよかった友だちは変わらず大好きだったし、その人たちとの時間まで嫌になったわけでもありませんでした。
ただ、その頃の私には、人とのつながりの一部分だけを残して、しんどい部分から上手に離れることができませんでした。
全部のつながりを、突然閉じてしまった
最後は、きちんと説明できないまま、スプラで使っていたSNSアカウントを削除してしまいました。
LINEでつながっていた友だちもブロックし、スプラで一緒に遊んでいた人たちとは、Switchのフレンドも解除しました。
それだけではなく、ニンテンドーのアカウントも一度削除しました。
その後、アカウント自体は復活させることができました。
細かい経緯はもう曖昧ですが、フレンドコードも変わったように記憶しています。
以前のフレンドとのつながりは元に戻さず、スプラで集めてきたものや、時間をかけて積み重ねたデータも消えて、最初からのやり直しになりました。
友だちとのつながりも、そこで過ごした記録も、自分で全部閉じてしまったんです。
Wamii嫌いになったんじゃなくて。どんな反応も、もう受け止められなかった。全部閉じないと無理だったんですよね。
今なら、何も言わずに消える以外にも方法があったと思います。
でも当時は、それを考える余裕もありませんでした。
Wamiiうまく説明する自信もなかったし、きっと優しい返事が来ると思うことすら、しんどかったのは覚えています。
その後は、あまり考えないようにしていた
アカウントを消した後も、すぐに気持ちを整理できたわけではありません。
友だちとのつながりだけではなく、毎日のように遊びながら積み重ねてきたものまで、全部なくなりました。
自分で消したはずなのに、ぽっかり穴が空いたような感じが残りました。
Wamiiその後は、あまり考えないようにしてた。自分がしたことも、相手がどう思ったかも、消えたもののことも。考え始めると、全部しんどくなっちゃって……。
時間がたってから、LINEのブロックは解除しました。
それでも、今まで一度も連絡は取っていません。
今はまだ、このまま
連絡先を探せば、たぶん今でもつながることはできると思います。
また一緒に遊びたい気持ちは、今もあります。
何も言わずにいなくなったことは、ずっと心に残っています。
突然いなくなって、心配させてしまったかもしれません。
せめて「今は余裕がないから、少し離れるね」と伝えられたらよかった。
でも、また私が余裕をなくして、同じように突然離れてしまうのが怖くて、自分から近づけずにいます。
みんなが今もどこかで、変わらず仲良く遊んでいたらいいなと思っています。
あつ森で出会った友だちとのつながり
スプラで知り合った友だちとは別に、あつ森のSNSアカウントを通じて仲良くなった友だちもいました。
お誕生日会をしたり、お互いの島を行き来して一緒に遊んだりしました。
そのアカウントも、きちんとお別れを言わないまま削除しました。
アカウントを消したことで、そのままつながりがなくなってしまった人もいます。
一方で、Switchのフレンドとして残ってくれていた友だちとは、あつ森のお手紙をきっかけに、またつながることができました。
その後は、オンライン通知をすると、スプラでも合流して一緒に遊んでくれました。
あつ森でおてがみを出せば、またきっと友だちはお返事をくれます。
友だちにもらったお花も、今も島に残っています。
そのお花や、久しぶりにあつ森へ戻った時のことは、こちらの記事にも書いています。

それで、あつ森では「papico」にした
スプラのSNSアカウントを削除してから少しして、あつ森が発売されました。
仲のよかった友だちの中に、アカウント名に「p」がつく人が何人かいました。
アカウントは消したけれど、みんなのことが大好きだった気持ちは残っていたので、私も「p」のつく名前にしたくて。
あつ森では「papico」と名づけました。
その後、スプラで仲のよかった友だちと再びつながることはないまま、気づけば6年以上。
今は、あつ森の名前を今の自分に馴染むものへ変えたいと思っています。
名前を変えたい理由や、島を作り直すか迷っていることは、こちらの記事に書きました。

名前を変えても、あの頃のことまで消えるわけではありません。
あの頃より、ちょっとだけ大人になった
当時の私は、今よりずっと無鉄砲で、中途半端に距離を置くことが苦手でした。
今なら、疲れた時に少し休んだり、全部を抱えずに距離を取ったりすることも、前よりはできるようになりました。
あの頃一緒に遊んでくれた人たちが、もしどこかでこの記事を見つけることがあったら。
私は元気にしています。
突然いなくなってしまって、ごめんなさい。
一緒に遊んだ時間は、今でも大切な思い出です。
そして、あの頃よりは、ちょっとだけ大人になりました。
あの頃、私と遊んでくれたみんなへ。
楽しい時間を、本当にありがとう。
また遊ぼうね。
